迷子の賢者は遠きナザリックを思う

第2話

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<さすらいは寝落ちの後で>



 「さて、まずはどこから手をつけるかな?」

 モモンガさんと別れ、私はゲートで跳ぶことができる一覧を開いた。
 異形種は町の中に入ると警備のNPCに攻撃されるから直接飛ぶという選択肢はないけど、町の近くになら行った事があるのでとりあえずそこへ飛び、騎獣を出してそこから町へと移動するつもりなのよね。

 「やっぱり最初は王都かな。天空都市とかクリスタルパレスも見たいけど、観光と言えばやっぱりお城。ネットで見たお姫様のNPCはかなり力の入った造りだったし、これだけは見逃せないからね」

 そうと決まれば早速。
 私は行き先を選択してゲートをくぐる。
 すると先程まで目の前に広がっていた毒の沼地はどこへやら、綺麗な草原ときちんと整備された街道、そして多くのプレイヤーやNPCの姿が私の視界に飛び込んできた。

 「あら、前飛んだ時はこの辺りにプレイヤーなんて殆ど見かけなかったのに。やっぱり最終日だから街道を歩いて見ようなんて考える人が多いのかなぁ?」

 私たち異形種と違って人間種や亜人のプレイヤーは町に用事があるのなら直接ゲートを開く事ができる。
 それに魔法を使えない人でも大丈夫なように町の中には別の町へと通じるゲートも存在するのだ。

 だからこの辺りにいるとしたら初めて王都に訪れる人か、何かしらのクエでゲートを使う事ができない人くらいなんだけど、サービス開始当初ならともかくゲームをするうえで絶対と言っていいほど訪れる王都に向かうこの街道はサービス中盤辺りから異形種しか訪れない場所になっていたのよね。

 そんな普段と違う街道を目にして、ああ、本当に終わっちゃうんだ、ユグドラシル、と再確認して少し寂しくなる。
 キャラは残っていたけど、引退していてずっとログインしてなかったのになぁ。
 なんか物凄く寂しくなっちゃった。

 「モモンガさんはずっと続けていたって話だし、私が誘っても断ったのは案外、このような風景を見てユグドラシルが終わるという現実を突きつけられるのが苦しかったからなのかも?」

 ナザリックに愛着があると言うのも本当なのだろうけど、この光景を目にして終わるんだと再認識したら、モモンガさんなら今私が感じている何倍も寂しさを感じてしまうだろう。
 そう考えると、いつもと変わらない、ナザリックと言う空間で最後の日を迎えたいという気持ちもなんとなく解った。



 「ペガサス、案外いい乗り物よね。ラミアではサイズが合わなくて乗れなかったから初めてだけど、巨体だった前の子と違って広い場所じゃなくても降りられるのがいいのよね。それに小回りも効くし」

 王都でお姫様のNPCを見学した後、クリスタルパレスを訪れてNPCのやっている料理屋に入って内装に感嘆したり、天空都市へと通じる遺跡に移動したりしたんだけど、その道すがらペガサスは大活躍だった。

 今までの子だったらまず町の外に出て召喚して移動、そして次の目的地の近くの広場で降りてから町へ入るなんて工程を経ないといけなかっただろうけど、このペガサスなら町から直接飛び立てるし、次の町へも直接乗り付けられるもの。
 ありがとう、モモンガさん、あなたの心遣いで私はホント助かってます。
 
 このおかげで時間をかなり短縮できたから、予定になかった砦見学とか今までは絶対に入る事ができなかったNPC経営のアイテムショップなどを見て回ったり、大手ギルドが街中に持っている自分の館にご自慢の武器や防具、アクセサリー等を展示して開放していたからそこを覗いたりして、私はユグドラシル最後の日を心の底から楽しんだ。



 そしてユグドラシルサービス終了がもうすぐに迫った今、私は王都を望む事ができる今日ナザリックから最初に飛んだあの場所にいた。
 王都では数多くの花火が打ち上げられ、夜空を明るく照らしている。

 「みんな、最後の一瞬まで楽しんでるんだなぁ」

 私は最後の時をその喧騒の中ではなく、この場所で迎えようと決めた。

 「静かだなぁ。夜だとNPCも居ないし、プレイヤーの人たちはみんな町の中。こんな何も無いところに来るような物好きはいないだろうから、あの花火で照らされた美しい王都と言う絵画のような景色をを私が独り占めね。ふふ〜ん、なんて贅沢なんでしょ」

 きっとあそこではプレイヤーたちの笑い声が響き渡っていて楽しい空間になってると思う。
 でもね、私は種族を変えてしまったけど、心は異形種のままなのよね。
 人族の笑い声の中で終わりを迎えるのはちょっと違うと思う。

 一瞬、ナザリックに戻ってモモンガさんと一緒に最後の時を迎えようかな? なんて事も考えたけど、

 「心はともかく、今の私はハイエルフ。モモンガさんの異形種動物園にハイエルフは相応しくないもの。あの場所は異形種の楽園なのだから、最後も異形種だけが眠る場所であるべきよね」

 そう一人ごちると、私はごろんと寝転がる。
 遠くに花火を音を聞き、夜空の星を見上げてユグドラシルでの出来事に思いを馳せる。

 「楽しかったなぁ、ユグドラシル。私も最後にみんなともう一度会いたかったなぁ。山ちゃん、元気かなぁ? そう言えばかぜっちは有名声優になったって話だし、もう気軽にオフ会に来るなんてできないよね。ああ、でも会いたいなぁ」

 私はみんなの姿をもっと明確に思い浮かべる為に目と瞑る。
 やまいこさんやぶくぶく茶釜さん、それから順番に多くのギルドメンバーの姿が目に浮かぶ。

 その中には当然モモンガさんの姿もあった。
 笑顔の感情アイコンつきで。

 そして今日一日ずっと遊びまわった疲れが出たのか、ユグドラシル終了まで後5分を切った所で私は意識を手放してしまった。



 「んっ・・・なんだかまぶしいなぁ。それになんか肌寒いし。ああそうか。私、ユグドラシルにログインしたまま根落ちしちゃったんだ。ああ、最後の瞬間、モモンガさんにギルドチャット入れるつもりだったのになぁ」

 私は目を瞑ったまま、明るい光から逃げるようにゴロンと寝返りを打つ。

 ・・・ん? 寝返りが打てる? 私、椅子に座ったまま寝落ちしたんだよね?
 それになんか青臭い物が顔に当たってる。

 そう思って目を開けると、

 「なんだ草か。道理で青臭いわけ・・・えっ? 草ぁ?」

 寝ぼけていた頭がいっぺんにクリアになった。
 だって草だよ。
 植物なんて食料工場にでも行かなければ見る事が出来なくなったこのご時勢、そんな物が目の前にあったら誰でも驚いて目が覚めるってもんよ。

 「どういう事? あっそうか、まだユグドラシルの中って事か。じゃあ私が寝てたのってほんの短い間だったのね。ん? でもサーバーダウンするのってユグドラシルでは夜だったはず。なのに」

 見上げればそこは青空。

 「なぜに昼間? 最後の最後で運営がサービスとして昼夜逆転させたって事?」

 なぜそんな意味のないサービスを? それともアナウンスを私が聞き逃しただけで何か意味があるのだろうか?

 そこで私はある違和感に気付く。

 「さっき、青臭かった。草の匂いがした」

 ユグドラシルはナノマシンによって感覚をゲームの世界に順応させる事ができるが、味覚と嗅覚に関してはゲームでは再現が難しく、実装されていなかった。
 そう実装されていないのだ。
 なのに私はさっき草の匂いをかいだ。

 その時一陣の風が吹いた。
 風に舞う私の髪の毛。

 ・・・髪の毛、風に舞ってるよ。
 何これ、夢? 私、ユグドラシルの夢でも見てるの?

 そう思ってとりあえず手に持っている杖で頭をポカリ。

 痛っ。

 ナノマシン、しっかり仕事しすぎ、本当に杖で叩いたくらい痛く感じたじゃない。
 でも、

 「う〜ん、どうやら夢じゃないみたいね」

 これが夢なら痛いはずがないのだ。
 ではこの状況は何?

 サービス終了までログアウトしなかった人限定で新作ゲームの体験をしてるとか?
 ああ、それならありえるか。
 サーバーダウン1分前に告知して、参加したい人はログアウトしないでねなんて告知すれば、勝手にベータテストに参加させたわけじゃないから法にも触れないしね。

 ・・・うん、解ってる、そんな訳ないって。

 だって今はまだ技術的に出来ないはずなんだもん、匂いを感じることも風に髪がなびく感覚を体に感じさせる事も。



 とにかく考え付く事をやってみよう。

 まずログアウト。
 ・・・操作しようにもコンソール自体が浮かばない。

 つぎ、フレンドチャット。
 モモンガさんは絶対にサービス終了のその時までログインしたままだったろうから、同じ様にゲームの中にいるのなら届くはず。
 ・・・返答無し。

 ならばギルドチャット。
 もしモモンガさんが急用が出来てログアウトしていたとしても、誰かがログインしていればこれなら届くはず。
 ・・・返答無し。
 誰もログインしてないからなのかなぁ? それとも・・・。

 とっとにかく、こうなったら最後の手段、GMコールだ。
 ・・・ウンともスンとも言わない。

 うん解ってる。応答以前の問題だ。
 実は最初のフレンドチャットの時点で解ってはいたんだ。
 できるできない以前に反応すらしてなかったよね、このシステム。
 
 だって、チャットの切り替えはナノマシンのおかげで頭に浮かべるだけで出来たけど、それでもシステム窓が開いてその窓の色でチャット対象が今誰なのか位は解るようになっていたのに、今はそのシステム窓さえ開かなかったもの。


 そうだ! フリーズした時の脱出手段、データー保存ヘルメットからの強制終了アクセス! これなら・・・って自分の頭のどこをどう触っても指に触れるのはふわふわとした髪の毛だけ。
 フルフェイスヘルメット自体どこにも無いじゃん!

 うがぁ〜、どうなってるのよ! これじゃまるで、

 「これじゃあまるで、ゲームの世界が本物になったみたいじゃない・・・」

 そうなのだ。
 今の私の姿はつい先程までユグドラシルに居たときと同じ長身のハイエルフのまま。
 でも感覚はゲームではなく、現実の私自身と同じ様なのよ。
 これって、ハイエルフの体が私の体と入れ替わったって事よね。

 うう、なんだか泣きたくなってきた。

 「何よ、この急展開。いくらなんでも不条理すぎるでしょ! ・・・ふぅ、まぁ一人で騒いだり取り乱していたりしても意味ないか。とりあえず王都に行って見よう。あそこに行けば何か解るかもしれないし、こんな道の真ん中に一人でいても仕方がないしね」

 ぶつぶつと文句を言いながらも、行動指針を決めて動き出す事にしたんだけど。

 「あれ? 王都の防護壁が、いや、王都自体が消えてなくなってる!?」

 それ所じゃない、今更気付いたけど、景色自体が先程までとはまるで違っている。

 「ここ、どこよ!」

 少なくとも私がユグドラシルの世界で見たことのない場所だった。
 もしかすると私が引退した後で実装されたエリアなのかもしれないけど、いきなりそんな行った事も無い場所に飛ばされたというのもおかしな話だ。
 となると、

 「もしかして、この世界自体ユグドラシルと違うのかも」

 今の自分がどのような状況なのか解らない上に、今どこに居るのかも解らなくて、私は途方にくれるのだった。


後書き、だよなぁ

 

 寝落ちしているうちに異世界に転移してしまいました。
 ボッチです。
 ナザリックのような拠点も無いです。
 さてさて、フレイアさんはこれからどうなるのでしょうか?

 第3話は、現在仕上げている所なので夕方にでもアップします。
 また、ただ書いた物をそのままアップしているので、3話アップ後に誤字脱字チェック&修正を行います。

追記
 少々加筆修正しました。
 あと、円盤特典なのに説明無しだった所を補足
 山ちゃん:やまいこさん
 かぜっち:ぶくぶく茶釜さん
 異形種動物園:モモンガさんがギルド立ち上げの時に提案したギルドの名前候補

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